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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)523号 判決

控訴人(原告) 清水建設株式会社

代表者取締役 清水康雄

訴訟代理人 佐々木吉長

被控訴人(被告) 平和生命保険株式会社

代表者取締役 武元忠義

訴訟代理人 大原信一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、本件を熊本地方裁判所に差戻す」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上竝に法律上の主張は控訴代理人において、債権者の民法第四二四条による詐害行為取消権と破産管財人の否認権とは類似はしているが目的も性質も異るものである。前者は個人の債権の存在を前提とし、その保全を主目的として発動し、唯その効果が第二次的に他の債権者にも及ぶとする形成権である。後者は破産宣告前において破産財団に属する財産についてなした破産者の行為を財団のため否認する破産債権者団体の権利であつて、取消権でも解除権でもない否認そのものを内容とする一種の形成権である。故に詐害行為取消権の保全のため仮処分がなされた後に債務者が破産宣告を受けた場合、仮処分債権者の有する被保全権利の管理処分権が仮処分債権者及び破産管財人の意思如何に拘らず当然管財人に移転するとなすは誤りである。唯破産宣告当時に詐害行為取消の本案訴訟が係属する場合は破産管財人において破産法第八六条第六九条により該訴訟手続を受継し得るが、それは法の明文を待つて初めてなし得るところであり、しかも管財人は必ずしも受継を強制されるものでなく、既に進行した詐害行為取消訴訟を受継することが自己の否認権行使により目的を達するよりも訴訟経済であると思料した場合にのみこれをなすものである、そこで管財人が受継し得べき訴訟手続は詐害行為取消の本案訴訟そのものであつて、これを保全するための仮処分ではないこと明瞭といわなければならない。故に本件仮処分取消訴訟の正当な相手方はあくまで被控訴人であるにも拘らず、破産管財人を相手方とすべきであるとした原判決は失当であると述べた外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

疏明として控訴代理人は甲第一号証の一、二第二乃至第八号証を提出し、被控訴代理人は右甲号各証の成立(第二乃至第八号証については各原本の存在も)を認めた。

理由

控訴人が訴外新千徳株式会社に対する抵当債権に基き同会社所有不動産に対し抵当権実行による競売を申立て競売手続進行中被控訴人が右訴外会社の控訴人に対する抵当権設定行為をもつて民法第四二四条の詐害行為にあたるものとし、該行為取消の訴を本案として(本訴は未提起)控訴人を相手方とし、熊本地方裁判所に右競売手続停止の仮処分を申請し、昭和三十年三月十四日その仮処分決定を得て即日これを執行したこと、右訴外会社は翌十五日破産の宣告を受けたこと。控訴人より右裁判所に対し民事訴訟法第七五六条第七四六条による起訴命令の申立をし、同裁判所は同年四月六日仮処分債権者たる被控訴人の承継人として右破産会社の破産管財人塚本安平に対し命令送達の日より十日の期間内に本案の訴を提起すべき旨の命令を発し、該命令は同月八日右管財人に送達されたこと、同管財人は同月十六日熊本地方裁判所に対し控訴人を被告として前記競売の基本となつた抵当権設定行為否認の訴を提起したことは、いずれも当事者間に争がない。

債権者が民法第四二四条による詐害行為取消権を保全するため仮処分をなした後に債務者が破産宣告を受けた場合の仮処分の運命については明文の規定がないが、詐害行為取消訴訟係属中に債務者が破産の宣告を受けた場合、その訴訟手続は破産管財人が受継するまで中断することは破産法第八六条第六九条の定むるところである。けだしこの場合個々の債権者は取消訴訟の法的利益を喪失し、その利益は専ら管財人に帰属するに至るからである。故に本案訴訟に附随する訴訟法上の権利として認められる仮処分も爾後は専ら管財人により追行せらるべきものである。もつとも管財人は個々の債権者の有した利益の範囲に限らない。より大なる固有の利益を有するものであるから、必ずしも従前の取消訴訟を受継する義務あるものではなく、これを受継すると又は受継を拒絶して別訴を提起するとは、その自由に委せられていると解すべきである。しかしながら一旦管財人がこれを受継した場合は該訴訟に附随してなされた仮処分における仮処分債権者の地位も当然管財人により承継せられ、該仮処分は全破産債権者のため効力を保持すると解さなければならない。以上は破産宣告当時既に本案訴訟が係属している場合に関するものであるが、本件の如く仮処分後本案訴訟未提起のうちに破産宣告があつた場合についてもこれを異別に解すべき理由はない。すなわち仮処分債権者としての本案訴訟を提起し得べき地位は破産宣告により従前の仮処分債権者を離れて破産管財人に移行するものであるから管財人は自ら右地位を承継して仮処分の効力を保持することができるのである。もつとも管財人は右承継を強制せられるものでなく承継すると否とはその選択に委せられること前述のとおりであるが、本件の如く管財人が裁判所の起訴命令による起訴期間中に債権者の詐害行為取消訴訟に相当する否認の訴を提起した場合は、管財人において特に仮処分債権者の地位を承継しない旨の意思を表明しない限り、これを承継したものと推認するのが相当である。なんとなれば、かかる場合仮処分の効力を保持することは管財人にとり利益でこそあれ、その不利益を招来すべき何等の事由も存しないからである。従つてこの場合民事訴訟法第七五六条第七四六条による仮処分取消訴訟においては専ら管財人の提起した否認の訴が仮処分の本案訴訟に該当するか否かが争点となるべきものであるから、該取消訴訟の相手方となるべき適格者は破産管財人を措いて他にないものといわなければならない。このことは又事情変更あるいは特別事情による仮処分取消訴訟についても同様である。

しかるに本件において控訴人は、あくまで破産宣告前の仮処分債権者である被控訴人を相手方とするものであることその主張自体に徴し明らかであるから、本訴は当事者適格を欠く者を相手方とする不適法のものとしてこれを却下しなければならない。よつてこれと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 岩永金次郎 判事 佐藤秀)

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